ひとつ心残りなのは、炭鉱の町に置いてきた小鳥のことだ
さえずりを忘れたその鳥は、家を追われ捨てられる寸前だった
かわいそうというより、引き取ったのはむしろ好奇心からだった
たわむれに観察していると、雛のように口をパクパクする仕草や
のびをするみたいに鳥籠の外の空を見上げて静止するポーズばかり
つい昨日まで世界に満ちていたうたの消失を単純に不思議がるような
きらきらした目を見せていた。うたの不在は大きな問題でないのか
にわかに不安がったりうろたえたりするようなそんな不穏な気配は
つたわってこなかった。彼らにとって、暮らしの中の物事の確かさ
かたさ、といったものは自身の状況と無関係なのかもしれないなあ
れたすの葉を軽快についばむ姿を眺めながらそう思った。うたの
ぬけ落ちた彼の平穏は、しかしながら、勝手な憶測と分かった
かぜのいたずらか、妖精たちの凱旋か、正体は定かではないが
なにか偶然の音楽が、眠りから声の 断片を引き出す
りり、とり、とりり。記憶に響く言葉遊び
あたらしい家に渡った彼は、あれから長い葛藤の
のちうたを取り戻したろうか。どうか幸せに、暮らせ
CDプレイヤーに入れても音は出ません。